松山地方裁判所 平成5年(ワ)462号 判決 1997年4月16日
原告
岡本廣數
外一七名
右一八名訴訟代理人弁護士
村本道夫
被告
三浦工業株式会社
右代表者代表取締役
白石省三
被告
日東電工株式会社
右代表者代表取締役
鎌居五朗
被告
株式会社ケン・マツウラレーシングサービス
右代表者代表取締役
松浦賢
被告
株式会社仙波
右代表者代表取締役
仙波正志
右四名訴訟代理人弁護士
奥西正雄
同
吉田実
被告
北条市土地開発公社
右代表者理事
菅朝照
右訴訟代理人弁護士
高田義之
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の主張
一 請求の趣旨
1 被告北条市土地開発公社は、別紙(2)の番号1ないし15、17ないし19の原告欄記載の各原告に対し、それぞれ同物件欄記載の各土地について松山地方法務局北条出張所受付の同所有権移転(1)欄記載の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
2 別紙(2)の番号1ないし15、17ないし19の被告欄記載の各被告は、同原告欄記載の各原告に対し、それぞれ同物件欄記載の各土地について松山地方法務局北条出張所受付の同所有権移転(2)欄記載の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
3 別紙(1)の番号1ないし15、17ないし19の被告欄記載の各被告は、同原告欄記載の各原告に対し、それぞれ同物件欄記載の各土地を明け渡せ。
4 被告北条市土地開発公社は、別紙(1)の番号1ないし15、17ないし19の原告欄記載の各原告に対し、それぞれ同回復費用欄記載の各金員を支払え。
5 訴訟費用は、被告らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、工業団地建設用地の買収に関し、土地の売主である原告らが、買収者である被告北条市土地開発公社(以下「被告公社」という。)及び同公社から土地の売却を受けた被告三浦工業株式会社ら四社(以下「被告各企業」という。)を相手として、北条市長ないし被告公社の役員らが基準価格に従って公平な用地買収を行うと公言していたにもかかわらず、一部の地権者に高額の買収金を支払うなど不公平な買収を行ったとして、被告公社に対し、錯誤ないし詐欺を理由とする土地所有権移転登記抹消登記手続及び不法行為に基づく損害賠償を、被告各企業に対し、右理由による土地所有権移転登記抹消登記手続及び所有権に基づく土地明渡を、それぞれ請求した事案である。
一 前提となる事実
1 別紙(2)の番号1ないし15、17ないし19の原告欄記載の各原告(以下「原告ら」という。なお、同番号16の原告西原光太郎は訴えを取り下げた。)は、同物件欄記載の各土地(いずれも農地、以下「本件各土地」という。)を、それぞれ所有していた。(甲一、二の1ないし26)
2 北条市は、平成元年初めころから、農村地域工業等導入促進法(以下「農進法」という。)に基づき、同市内の中西外地区(上区と下区に分かれている。)及び辻地区の農地を買収して、工業団地(以下「本件工業団地」という。)を建設する計画をしていた。(争いのない事実)
3 被告公社は、公共用地、公地等の取得、管理、処分等を行うことなどを目的として、北条市が設立した法人であり、一二名の理事(うち一名を理事長とする。)が置かれていた。(乙二)
4 被告公社は、辻地区のうち国道一九六号線バイパス沿いの土地をAランク(坪当たり一五万五〇〇〇円)、その余の辻地区の土地をBランク(坪当たり八万三〇〇〇円)、中西外地区の土地をCランク(坪当たり七万五〇〇〇円)とする価格設定を行った。(乙四の2)
5 原告らは、被告公社との間で、平成元年一一月一三日から平成二年三月二六日までの間に、右価格設定による各単価(以下「ランク別設定単価」という。)に従い、本件各土地を、それぞれ別紙(1)の売買代金欄記載の各金額で売り渡す契約(以下「本件各売買契約」という。)を締結した。
6 その後、被告公社が買収した本件各土地は、合筆されたうえ、別紙(2)の物件欄記載の各土地について、原告らから被告公社に同所有権移転(1)欄記載のとおり松山地方法務局北条出張所受付の各所有権移転登記手続が行われ、次いで、被告公社から被告各企業に売却されて、同所有権移転(2)欄記載のとおり同法務局出張所受付の各所有権移転登記が行われ、その後、被告各企業の工場等が建設された。(甲七、乙三の1ないし19、弁論の全趣旨)
二 争点
1 錯誤無効の成否
(原告らの主張)
(一) 本件各売買契約当時、北条市長であった原田改造(以下「原田市長」という。)をはじめ被告公社の理事らにおいて、土地の買収価格については法律で基準が定められており、その基準に従って地権者を公平に扱わなければならないから、地権者によってランク別設定単価を増減することはあり得ない旨説明していた。しかし、被告公社は、右説明に叛いて、次のとおり、ランク別設定単価に従った買収に応じない地権者に対して高額の上積みをするなどして不公平な買収を行った。
すなわち、被告公社は、
(1) 宮本安廣の所有地一二三五平方メートル(374.24坪)についてAランクの評価をしながら、実際には坪当たり五〇万円(合計一億八七一二万円)という高額で買収したほか、同人に対して、代替地として合計二九二〇平方メートルの土地を一億一五三二万六二〇〇円という廉価で譲渡し、その差額として七一七九万三八〇〇円を支払った。
(2) 永尾隆憲の所有地一七一八平方メートル(519.695坪)についてBランクの評価をしながら、実際には坪当たり一七万円(合計八八三四万八四五〇円)で買収した。
(3) 松岡英夫の所有地一三一一平方メートル(396.57坪)についてBランクの評価をしながら、実際には坪当たり一七万円(合計六七四一万六九〇〇円)で買収した。
(4) 松岡照員の所有地一〇四二平方メートル(315.20坪)についてBランクの評価をしながら、実際には坪当たり一七万円(合計五三五八万四〇〇〇円)で買収した。
(5) 重見進の所有地八七六平方メートル(264.99坪)についてBランクの評価をしながら、実際には坪当たり一七万円(合計四一九八万八三〇〇円)で買収した。
(6) 宮本俊明の所有地についてCランクの評価をしながら、実際には坪当たり一七万円で買収したほか、同人に対して、代替地として合計四一二五平方メートルの土地を廉価で譲渡し、その差額として一二一一万円を支払った。
(7) 金田朝美の所有地を買収対象としながら、実際には、北条市と同人との間で、賃料年額一二〇万円、期間五年とする賃貸借契約を結んだ。
(二) しかるに、原告らは、原田市長らの前記説明を信頼し、公平な買収が行われるものと誤信して、低額な買収金額であったにもかかわらず、本件各売買契約の締結に応じたのであり、右地権者らのように買収金額について交渉の余地があったのであれば、ランク別設定単価に従った土地買収には応じなかったことは明らかであって、被告公社も右事実を知っていたものである。
(三) 一方、被告公社はおいて、ランク別設定単価に従った土地買収に応じない地権者が出ることは当然予想されたことであり、それにもかかわらず、原告らに対し、全ての地権者を公平に扱うとの条件を表示しながら、無責任にも地権者から選出した世話人によって事を処理しようとしたものである。
(四) そうすると、原告らは、全ての地権者をランク別設定単価に従って公平に扱うと誤信して本件各売買契約を締結したものであって、その動機に重要な錯誤があり、右動機の錯誤は表示されていたから、要素の錯誤があったというべきである。
(被告公社の主張)
原告らの右主張は争う。
原告らが主張するように、本件各売買契約の締結前に、原田市長や被告公社の理事らにおいて、地権者を公平に取り扱うとの断定的な説明を行った事実はなく、ランク別設定単価についても、地権者の意見を反映させて決定された適正なものであって、決して一般の取引と比べても廉価なものではない。
(被告各企業の主張)
原告らの右主張は争う。
錯誤無効が成立するためには、契約締結の時点において表意者に錯誤が認められなければならないが、本件各売買契約当時、被告公社は、ランク別設定単価に従って公平な買収を行うべく交渉を行っていたのであるから、その点について事実と認識(動機)は一致しており、原告らに錯誤を認めることはできない。また、原告らは買収代金が廉価なものであったと主張するが、ランク別設定単価は鑑定書等の資料によって決定された適正なものであり、原告の中には妥当な価格であったと述べる者も存するところである。
2 詐欺の成否
(原告らの主張)
(一) 被告公社は、原告らに対し、本件各売買契約の締結に際し、土地の買収価格については法律で基準が定められており、その基準に従って地権者を公平に扱わなければならないから、地権者によってランク別設定単価に従った買収価格を増減することはあり得ないとの虚偽の事実を申し向けて原告らを欺き、その旨誤信させて右各売買契約を成立させた。
(二) 原告らは、被告公社に対し、平成五年一〇月一三日、本件各売買契約を取り消す旨の意思表示をした。
(三) 被告各企業は、右欺罔の事実を知っていた。
(被告公社の主張)
原告の右主張(一)の事実は争う。
(被告各企業の主張)
原告の右主張(一)、(三)の事実は争う。
被告各企業は、土地買収の際の被告公社と原告らとの間の説明等について全く知る立場にないから、民法九六条三項の適用を受けるものである。
3 不法行為の成否
(原告らの主張)
被告公社は、原告らに対する前記約束に背いて不公平で違法な買収を行った。その結果、原告らのもと所有地である本件各土地は、いずれも造成によって宅地化され、被告各企業の工場用地として使用されているため、農地としての原状回復のためには、別紙(1)の回復費用欄記載の各金員が必要となっている。したがって、原告らは、被告公社に対し、不法行為に基づき、右各金員の損害賠償を求める。
(被告公社の主張)
原告の右主張は争う。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 争点に対する判断
一 本件各土地買収の経緯について
前記前提となる事実に加え、証拠(甲一、二の1ないし21、22ないし26、四の9、五の1ないし9、六、七、八の1ないし15、17ないし19、九、一〇、乙一、二、三の1ないし15、17ないし19、四の1、2、五ないし一〇、証人渡部和長、同須崎敏雄、原告立花和眞、同西岡若繁、同西原彰吾)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 北条市は、昭和六二年三月、不況や過疎化対策の一環として先端産業の誘致や工業団地の建設等により地元での就業機会の拡充を図る目的で、新総合計画書を策定した。
2 平成元年六月二三日、原田市長及び林浩二助役兼被告公社理事長(以下「林理事長」という。)、須崎敏雄市長公室長兼被告公社理事(以下「須崎理事」という。)外の役職が出席して企画会議が開かれ、右計画書に従って、北条市内の中西外地区(上区及び下区に分かれている。)及び辻地区の農地を買収して本件工業団地の建設用地を造成することが決定され、総面積一二ヘクタールのうち未買収の五ヘクタールの用地買収を早期に実現することが確認された。
3 同年七月六日、須崎理事や北条市商工観光課長渡部和長(以下「渡部課長」という。)らは、愛媛県構造改善課を訪れ、農進法に基づいて本件工業団地の建設を進めることなどを報告したが、その際は、県側から買収の方法に関する特別の指導等はなされなかった。
4 同年七月一一日、原田市長、林理事長、須崎理事、渡部課長外の職員が集まり、渡部課長から愛媛県構造改善課の訪問について報告がなされた後、商工観光課が中心となって右計画を推進すること、地権者の中から世話人を選出して用地買収の交渉を行っていくこと、中西外上区及び下区の各区長、並びに辻土地改良区理事長及び水利組合長に対して、事前に世話人の選出を依頼することなどが話し合われた。翌一二日、渡部課長が中西外上区の前田区長(以下「前田区長」という。)、中西外下区の永野区長(以下「永野区長」という。)及び辻土地改良区の重岡理事長(以下「重岡理事長」という。)に対して、本件工業団地の概要説明や世話人の人選の依頼が行われ、同月二〇日には、原田元市長、林理事長、須崎理事、渡部課長外の職員に右区長らを交えて会議が開かれ、北条市側から本件工業団地建設への協力が要望されたほか、平成元年度中に法的な手続きを済ませ、平成二年度中に造成工事等を完了するとの予定が説明されたうえ、誘致企業名も公表された。これに対し、右区長らからは、上下水道や環境整備に関する質問がなされたほか、企業誘致に本腰を入れてほしいとの要望が出された。
5 同年八月一〇日、前田、永野両区長及び重岡理事長に対し、北条市側から地権者名簿が交付されて意見交換が行われ、右区長らは、地権者の代表と交渉を進めるのが良いとか、交渉に協力をすることなどを述べ、市側も地権者の代表等を交渉委員としたいとの希望を述べた。また、同日、林理事長、須崎理事らが辻土地改良区理事会に出席して、本件工業団地や誘致企業の概要等の説明や協力依頼が行われた。
6 同年九月二日、中西外上区の地権者(二二名)に対する説明会が開かれ、北条市側から林理事長、須崎理事、渡部課長外の職員が、地権者側から前田区長外一七名の地権者(原告西岡篇、同立花和眞を含む。)が、それぞれ出席した。席上、まず、前田区長からそれまでの経過概要が説明され、次いで、林理事長から経過説明と北条市の発展のために本件工業団地建設の実現が必要であること、土地買収に当たっては地権者を公平に扱うことなどを内容とする挨拶がなされ、渡部課長からは、建設場所、誘致企業、道路拡幅等の詳細が説明されたが、買収金額についての説明は行われなかった。その後、市側と地権者との質疑応答が行われ、その中で地権者側から、工場誘致は良いことであるが農地も大切にしたい、雇用面について地元を大切にしてもらいたい、中西外地区の上区と下区を一緒に取り扱って欲しい、土地買収代金のランク付けを行って欲しいなどの要望が出され、市側から、用地交渉の年内完了を目指すこと、誘致企業の雇用面については地元優先を要望していることなどの説明があった。そして、地権者側において本件工業団地建設に賛成することが確認された。
7 同年九月三日、中西外下区の地権者(二〇名)に対する説明会が開かれ、北条市側から林理事長、須崎理事、渡部課長外の職員が、地権者側から永野区長外一三名の地権者(原告松岡幸雄を含む。)がそれぞれ出席した。そして、前日と同様に、区長及び林理事長から挨拶があり、渡部課長による計画の説明がなされて、地権者側との質疑応答が行われ、概ね本件工業団地の建設への賛同が得られた。
8 同年九月九日、辻地区の地権者(二九名)らに対する説明会が開かれ、北条市側から林理事長、須崎理事、渡部課長外の職員が、地権者側から重岡理事長外二七名の地権者(原告杉山フサコ、同西原彰吾、同西原髙友、同西原利夫を含む。)がそれぞれ出席した。そして、中西外地区の説明会と同様に、理事長及び林理事長から挨拶があり、渡部課長による計画の説明がなされて、質疑応答が行われた。その中で地権者側から、金額の提示がなく、総論で同意したから売ってくれといわれても困るとか、地元からの誘致企業への雇傭などに関して意見が述べられたが、概ね本件工業団地の建設への賛同が得られた。
9 右各説明会が開催された後、市側から選出を要請された用地買収の交渉に当たる世話人として、中西外上区からは村上光夫、原告西岡若繁、同立花和眞、西岡忠雄及び脇坂勝弘が、中西外下区からは徳井良夫、原告松岡幸雄、日高徳行、福島政信及び松本晃男が、辻地区からは重岡明、玉井賢一、二神元一、金井覚、信岡安男、原告西原彰吾及び新居勝が、それぞれ選ばれた。
10 同年九月二七日、地権者らから選出された世話人が参集し、北条市側から原田市長、林理事長、須崎理事、渡部課長外の職員が出席して、世話人会が開かれた。席上、原田市長が、北条市の発展と過疎化を防止するためには工場誘致が必要であり、そのためには地権者らの協力が必要であること、一定の基準額に従って公平に買収を進めることなどを述べて挨拶し、その後に意見交換が行われた。まず、買収方法については、世話人が中西外地区及び辻地区内に居住する地権者との交渉を、市側が地区外及び市外に居住する地権者との交渉をそれぞれ行って行くことが確認された。買収価格については、地権者側から、市が金額の提示をするよう要望が出され、ついては中西外上区と下区の単価を同一にすること、辻地区の単価は国道一九六号線バイパス沿いとその外とで差をもうけることなどの意見が出された。また、世話人の代表として、中西外上区からは原告西岡若繁が、中西外下区からは日高徳行が、辻地区からは重岡理事長が選出された。
11 その後、北条市側は、地権者らからの意見や不動産鑑定士による鑑定結果(乙五、六)を参考に検討を重ね、同年一〇月三〇日、坪単価の買収金額を、国道一九六号線バイパス沿いの土地(辻地区)をAランク一五万円、同地区の東側の土地をBランク七万五〇〇〇円、さらにその東側一帯の土地(中西外地区)をCランク七万二〇〇〇円(東側に行くほど幹線道路である右バイパスから離れていく位置関係にある。)の三ランクい格付けして地権者側に提示することとされ、同日、原告西岡若繁ら世話人代表との打ち合わせが行われた。これに対し、世話人代表から右提示に難色が示されたため、さらに検討を重ねた結果、最終的にAランク一五万五〇〇〇円、Bランク七万八〇〇〇円、Cランク七万五〇〇〇円とすることで世話人代表の了承が得られた。
その後、右ランク別設定単価に従い、中西外地区又は辻地区内に居住する地権者に対しては、世話人らが、右地区外及び北条市外に居住する地権者に対しては、主に商工観光課の職員らが、それぞれ交渉に当たり、北条市の発展のために本件工業団地建設の実現が必要であることやランク別設定単価に従って買収を行うことなどの説明をして、買収に応ずるよう個別の折衝が進められた。そして、多くの地権者が土地買収に応じることとなった。
12 同年一一月四日、辻土地改良区の理事らに対する説明会が開かれ、市側からは渡部課長外の職員が出席して本件工業団地建設に関する経過概要や買収価格についての説明が行われ、これに対し、理事らからは、ランク別設定単価について、Bランク七万八〇〇〇円では納得できないとか、Bランクの辻地区とCランクの中西外地区との金額の差が小さ過ぎるといった意見が出されたが、市側からは公共事業であることから協力するよう要請がなされた。
同月七日、再び辻土地改良区の理事らと林理事長、須崎理事、渡部課長らとの買収価格の交渉が行われ、最終的に、市側がBランク七万八〇〇〇円とした買収金額を八万五〇〇〇円に引き上げる提案をしたが、了承されるには至らなかった。
13 同年一一月一一日以降、中西外上区及び下区の地権者と被告公社との間で、ランク別設定単価に従った土地売買契約が締結されて行き、ほとんどの地権者が契約に応じたが、同年一一月一八日から行われた辻地区の地権者との用地買収交渉では、数名の者しか契約に応ぜず、同年一二月一日には、辻土地改良区の理事らから、右設定単価に一万円の上乗せをするよう要望が出された。しかし、同月四日に行われた交渉の席で、市側が中西外地区との関係もあるので提示額どおりの価格で買収に応じるよう強く求めたため、理事らもランク別設定単価に従い地権者を説得する方向で協力する旨了承し、市側の職員らとともに未契約の地権者に対して個別に折衝していくことになった。
以上の経過から、原告らについては、同年一一月一三日に原告立花和眞(中西外地区)、同西岡忠雄(中西外地区)、同西岡若繁(中西外地区)及び同松岡幸雄(中西外地区)が、同月一八日に原告西原髙友(辻地区)、同西原利夫(中西外地区)及び同吉村延雄(中西外地区)が、同月二一日に同篠原徹旨(中西外地区)が、同月二七日に原告吉川庄一(中西外地区)が、同月二八日に原告岡本廣數(中西外地区)及び同永井晴雄(中西外地区)が、同年一二月四日に原告德永肇(中西外地区)が、同月一一日に原告西岡篇(中西外地区)が、同月二〇日に原告杉山弘子(中西外地区)、同杉山フサ子(中西外地区)が、同西原彰吾(中西外及び辻地区)が、平成二年三月二六日に原告鶴原勝郎(辻地区)及び同鶴原シヅエ(辻地区)が、それぞれ被告公社との間で本件各売買契約を締結した。
14 その後、未契約の辻地区の地権者に対する個別の交渉が行われ、当初、同人らは、買収価格に対する不満や、相続問題があるなどの理由を述べて契約締結を拒絶していたが、漸次、交渉が進展して、多くの地権者が買収に応じる運びとなった。しかし、宮本安廣、永尾隆憲、松岡英夫、松岡照員、重見進、宮本俊明、金田朝美ら一部地権者は、北条市側に対し、買収金額への不満等を強く訴え、再三の説得にも応じなかったため、同年四月一八日、林理事長、須崎理事(同月一日付で市長公室長から参事に異動した。)、新任の市長公室長、渡部課長外の職員が参集し、右未契約地権者の概要報告を行うとともに、同人らとの今後の交渉について検討した結果、相続問題を抱えた地権者と買収金額等に不満を持つ地権者とに分類し、二班に分かれて折衝を続けることになった。
15 そのころ、北条市側は、右のとおり一部地権者に対する土地買収が難航していたことから、未買収地を残したいわゆる虫食い状態での開発が可能かどうかについて、愛媛県に打診をしていたところ、同年四月末ころまでに、県側から建設予定地内の買収を全て完了しなければ開発許可等の法的手続はとれないとの回答を受けた。
そこで、林理事長から、虫食い状態での開発を避けて未契約地権者からの用地買収を実現するため、やむなくランク別設定単価に上積みを行わざるを得ないとの提案がなされるに至り、同年五月には、須崎参事、渡部課長外の職員が被告各企業を訪問し、当初、坪当たり一〇万円での売買を予定していたところ、造成費用や買収費用が嵩むことを説明したうえで売買代金の上乗せを申し入れ、実質的な了解を得た。(なお、須崎証人は、林理事長から買収金額の上乗せ案が提案された時期を平成二年二月又は三月ころであると証言するが、この点については、被告各企業への売買代金の折衝時期等の関連から渡部証人の証言が一貫しており、これと対比して、須崎証言は信用できない。)。
16 その後、被告公社は、右未契約地権者らと交渉した結果、宮本安廣は同年六月二〇日に、永尾隆憲は同年六月一四日に、松岡英夫は同年六月一一日に、松岡照員及び重見進は同年五月一八日に、宮本俊明は同年六月二〇日に、被告公社との間で、それぞれランク別設定単価に上乗せをした価額で土地売買契約を締結し、買収に応じなかった金田朝美については、北条市との間で、同年六月一三日に土地賃貸借契約を締結した(なお、原告らは、右買収価格等について、原告らが入手した匿名の文書(甲九、一〇)に基づき、それぞれ前記主張のとおり、代金の上乗せ等が行われたと主張するところ、被告公社においては、守秘義務を根拠に右上乗せ金額等を明確にしないが、原告らの右主張を明らかには争わず、したがって、概略原告ら主張のとおり右地権者らに対する買収代金の上乗せ等がなされたものと認める。)。ところで、本件工業団地の土地買収における地権者の総数は八八名で、うち右七名の者は、全体の約八パーセントとなり、対象土地の総面積約一二ヘクタールのうち同人らの土地面積は八六八六平方メートルで全体の約七パーセントとなっている。
17 本件工業団地建設については、同年八月一六日、開発行為の許可及び農地法五条による許可が下りて造成工事や下水道工事等が開始され、同年末までに右工事が完成した。そして、被告公社は、同年九月二九日までに被告各企業に本件各土地を売却し、平成三年一月三一日までに各売却土地を引き渡した。
以上の事実が認められる。
二 錯誤無効の成否について
1 原告らは、北条市長をはじめとする同市職員らがランク別設定単価に従った公平な買収を行うと説明したのを信じ、低額な買収金額であるにもかかわらず、本件各土地の買収に応じたところ、実際には、一部地権者には被告公社から高額の上乗せ代金が支払われるなど不公平な買収が行われており、本件各売買契約は、原告らの動機の錯誤に基づくものであって、その錯誤は重要で表示されているから、右各契約は無効である旨主張する。
2 そこで検討するに、民法九五条に基づく錯誤無効が成立するには、表意者において客観的事実と異なる認識ないし判断(錯誤)に基づく意思表示をなし、その錯誤がなければ通常人においても当該意思表示をしない程に重要なものであって、かつ、意思表示をする過程の錯誤、すなわち、動機の錯誤についてはそれが表示されていることを要すると解される。そして、右客観的事実と表意者の認識、判断の不一致は、当該意思表示がなされた時点を基準に決せられなければならず、その後に表意者の認識、判断と異なる事実が予期に反して発生した場合には、錯誤無効の問題は生じないというべきである。
3 これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、原告らは、本件工業団地の土地買収を受けるについて、北条市長らから地権者を公平に扱うとの説明を受け、さらに、市側担当者からランク別設定価格を示されて右単価に従った各地権者に対する土地買収がなされると説明され、右説明を信じて土地買収に応じたものと認められ、そう信じたことは、本件各売買契約の締結において一応重要な動機といえなくはなく(この点については、後に付言する。)、かつ、その動機は少なくとも黙示に表示されて被告公社側にも理解できていたものと認められる。しかしながら、前記認定事実によれば、本件工業団地の建設は公共的目的の下に計画立案され、その責任者や担当者である原田市長らにおいて公平な土地買収を行おうとしていたことは、その職責上当然の事と理解されること、北条市の担当者は、前田及び永野両区長や重岡理事長といった地区の代表者や地権者との協議を経て、地権者の中から選出された世話人と交渉を行い、基準となる買収価格については、当初の提示額につき数回にわたる交渉の結果、上積みがされて、最終的にAランク一五万五〇〇〇円、Bランク八万五〇〇〇円、Cランク七万五〇〇〇円とのランク別設定単価が決定されていること、その後、ランク別設定単価に従った買収交渉が行われて、一部地権者を除く多数の地権者らとの間で土地売買契約が成立し、買収に難色を示していた地権者に対しても、ランク別設定単価に従って粘り強く市の担当者らが交渉を重ねていること、ところが、愛媛県側から本件工業団地の実現には法的手続上平成二年四月末ころまでに全ての用地買収を行う必要がある旨指示され、買収が難航した地権者の所有地を是が非でも買収しなければならない状況に追い込まれた結果、やむを得ず、その打開策として買収金額の上積みが検討され、被告各企業との売買代金の増額交渉が行われた後、一部少数の未契約地権者に対する買収代金上積み等が決定されたこと、以上の事実が認められ、これらの事実によれば、本件各売買契約締結当時において、北条市側では、真実、地権者を公平に扱い、ランク別設定価格に従った各地権者に対する土地買収を行おうとしていたものであり、原告らは、そのような北条市側の対応や説明を信じて右契約締結に応じたものであって、ここに客観的事実と原告らの認識、判断に齟齬はなく、その後、予期に反して、一部少数の地権者の交渉が難航し、公共事業としての本件工業団地実現のため、やむを得ず不公平な扱いがなされるに至ったものと認めるのが相当である。そうすると、本件各売買契約において、原告らが北条市側の右説明を信じたことについては客観的事実と表意者の認識、判断との不一致はなく、錯誤は生じていないというべきである。なお、原告らは、被告公社においてランク別設定単価による買収に応じない地権者が出ることは当然予想されたことである旨主張するが、右認定事実によれば、右単価決定についても地権者から選出した世話人らとの協議を重ねて決定し、ランク別設定単価に基づきねばり強く買収交渉を行って、現に大多数の地権者との間では右単価に従った土地買収が済まされているところであって、被告公社が買収交渉開始当初から不公平な買収が行われることを予想していたとの事実を認めることはできない(なお、原告らは、地権者から選出した世話人との交渉を進めたことを無責任な行為と批判するが、多数の地権者を相手とする土地買収において右方法を選択することは能率や公平の点からも許されるというべきである。)。また、原告らは、公平な買収が行われると信じたから、低廉な価格の土地買収に応じたと主張するが、買収基準となったランク別設定単価は、専門家である不動産鑑定士による鑑定結果等を踏まえて決められた提示額を、さらに世話人代表の意見を容れて増額のうえ決定されており、原告らの中にも右金額はむしろ高額で納得していたと述べるものがいること(原告西原彰吾)からしても、右価格が低廉なものということはできず、原告らの右主張は失当である。さらに付言するに、前記認定のとおり、本件工業団地の目的は、その経済効果や過疎対策という点にあり、地権者らが説明会等において被告各企業への雇用に関する質問を度々行っていること(乙四の2)からみても、右目的が地権者らにとっても大きな関心事であったと認められ、仮に、一部少数のいわゆるごね得を図ろうとする地権者に対し不公平な扱いがされるかも知れないとの予測が可能であったとしても、直ちに他の地権者が土地買収に応じなかったとまでいえるかは疑問であるといわなければならず、その意味から、原告らにおいて重要な動機の錯誤があったとまで認めるのは躊躇されるところといわなければならない。
4 以上からして、本件各売買契約が錯誤に基づく無効なものである旨の原告らの主張は理由がない。
三 詐欺の成否について
原告らは、原田市長らが法律の基準に従って公平な買収を行う旨虚偽の説明をして原告らを欺き、本件各売買契約を締結させた旨主張するが、前判示のとおり、北条市の側において、右各契約当時、地権者に対する公平な土地買収を行おうとしていたことは事実であり、本件全証拠によるも、原田市長らにおいて右説明をしたことが原告らを当初から欺罔したものと認めることはできない。
したがって、原告らの右主張は理由がない。
四 不法行為の成否について
原告らは、被告公社による原告らからの土地買収が約束に反する不公平で違法な行為である旨主張するが、前判示のとおり、原田市長らが虚偽の説明を行ったとの事実は認められず、また、一部少数の地権者に対して不公平な扱いがなされたことについても、公共事業としての本件工業団地実現のため、やむを得ずとられた措置と認められ、このことをもって、原告らに対する土地買収が不法行為となるものではない(ただし、被告公社において、一部少数の地権者に対して結果的とはいえ、いわゆるごね得を許したことについては、本件工業団地の建設に協力してランク別設定単価に従って土地買収に応じた原告ら多数の地権者に対する背信行為であることは否めず、その意味からの行政的批判は免れないというべきである。)。
したがって、原告らの右主張も理由がない。
五 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤武彦 裁判官熱田康明 裁判官鈴木博)
別紙<省略>